四千万歩の男

今が好き♪

1998.3.1

江戸時代後期の暦学者・測量家。沿海測量により日本地図をはじめて完成させた伊能忠敬(1745~1818)の物語である。作者は例によって凝り性の井上ひさし。題名はご推察の通り伊能測量隊が歩いた歩数。二歩で一間のペースで歩測していたので‥‥一歩90cmだからかなり大股歩きだ、60間=1町、36町=1里として9,259里9町20間、36,364kmになる。忠敬がえらかったのはその業績もさることながら、50歳で天文学、測量術を習いはじめ、56歳から72歳までの17年間で日本全図を完成させたことだ。現代の高齢化社会を先取りしたような人生と言える。

水戸黄門漫遊記測量版といったら作者に失礼だが、中身は濃い。奥州測量行では得意のズーズー弁の語り手が登場、蝦夷はアイヌ語、江戸期の著作解説、暗殺事件、偽者事件、幕府の悪企み、農民・漁民のくらし、俳句に花火、間宮林蔵や若き日の二宮金次郎も登場‥‥盛りだくさんである。
なにせ単行本5分冊、原稿用紙5500枚を越す超大作でエピソードをあげたらきりがない。生活・政治・学問など江戸という時代が生き生きと描かれている。

小説は奥州街道・北海道東部・三浦半島・伊豆半島の測量を完了して本州東部海岸行を開始するところで第五巻了となっている。つまり続編の予告でこの長編は終っているのである。測量は7分の1が終っただけだから続編はどれだけ長くなるやら。

ところで出身地千葉県佐原市には伊能家旧宅が残っており、忠敬の記念館も併設されている。子午環・方位盤など測量計器や地図・日誌・書簡等を観ることができ、年配のボランティアらしい係員が丁寧に説明してくれる。村の名主であり造り酒屋でもあった伊能家は婿養子として迎えた忠敬の代で米穀、薪炭なども扱う豪商として大いに栄えた。測量家である前に優れた企業経営者でもあったわけである。旧宅のすぐ前には当時水上交通に利用されていた小野川が流れている。いまでもこの界隈は柳並木に古い町屋がならび、江戸の風情を残していて、格好の散策路と言える。昨年訪れた時にはこの川を挟んだ反対側に新記念館が建築中であった。もう完成していることだろう。